珈琲という名の生き物は




a0070831_2051635.jpg今朝は 薄曇の中 早起きした夫の外出を見送って
珈琲を淹れた

同じ豆を使っても、その時々の微妙な 【なにか】によって
珈琲の味が生きる・生きないの違いが生まれるくる

それは淹れている時から 伝わってくるから不思議

同じように淹れているつもりでも、どこかが違う 【なにか】

生きた珈琲は、鼻から伝わり喉の奥まで すーっと切れるように
伝わって行き、鼻腔と喉の奥が何時までもその香りで満たされている

その味わいを知ってしまうと、生きない珈琲を淹れてしまったときは
本当にもったいないことをした。。。と感じてしまう。

豆そのものは じーっと冷凍庫の中で 出番の来るのを待っているのだから

今夜は 珈琲豆は生きていると実感させてもらえた 珈琲屋さんの
珈琲を飲むことができる日

冷凍庫でじっと待っている 我が家の珈琲豆と同じ珈琲豆が
どんな風に輝いて生かされているのか それを確かめてこよう

豆たち それぞれが ひとつにまとまって 生かされたとき
それはそれは おいしいものに 変わるんだよ
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by benichaya | 2006-05-27 20:52 | 珈琲・お茶