時計のある生活

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古くから私を知っている人は
皆、口をそろえて呟く

「時計どうしたの」・・・と

なかには、かなりの驚きを見せる友もいたりする

と言うのも、腕時計は持っていてもしない人で
時間を知りたくなったら、あちらこちらにある時計を覗き込むか
人の時計を頼りにするか・・・そんな人だから。

時計をする行為自体で、縛られてしまった感覚を覚えたり
手首がきつく感じられることもその要因の一つであり。

そんな生活をずっと続けていると、時間の感覚には鋭くなるわけで
どれくらいの時がたったかを、カラダで感じ取れるようにもなり
それなりに不自由はしていなかった。
(一緒にいる友だちには、迷惑だったかもしれないね…)

東京に来たら、その自由さが少しだけど失われつつある。

腕時計をしていない不安さが、芽生え始めてきた。
それを付けたら、手首が気になる。
一人の時は何度も覗き込む。

これが嫌だったんだよなぁ。。。と思いつつ。

時間の流れは自分のもので、人の流れとは違う流れを皆持っていて
人の流れにあわせようとすると、きつく感じたり慌しかったり。

それって、ただの我が儘なんだよな。

その中でも自分の時間の流れを守ろうと、どこかであせっていたりして。

時計を覗き込み、時間を気にする仕草だけで少しは大人になれた感覚。

それが 腕時計を付け始めたきっかけかもしれない。
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by benichaya | 2006-06-21 08:45 | つぶやき