東日本大震災から明日で3年。
あの時の衝撃は いつまでもわすれられません。
新潟は中越地震を経験しています。
私の実家も 半壊と診断されました。
半壊でも 建て替えを余儀なくされました。
皆様の善意のおかげで義捐金をいただき 今の実家の建て替えも
とても助かりました。
中越地震よりはるか前…息子が赤ちゃんの頃に
阪神淡路大震災がおきていました。
あの頃 わが子が重症の食物アレルギーであったため
食材も選び与えていた中の震災。
その様子を心落ち着かずみていましたら やはり・・・・・・
わが子のような 食物アレルギーのお子さんをもつお母さんの切ない訴え。
「この子が食べられるものをください」
「口に入れられるものが ありません。。。」
涙が流れました。
どうしてあげてよいのか。
このような親子に何をしてあげられるのか。
ちいさなわが子を見ながら とても切なく 寄付をすることしかできませんでした。
同じ日本にいながら 続いている土地にいながら
何もできない悔しさ それはいつもあります。
中越地震の時も わたしたち家族は東京に住んでいました。
駆けつけることもできませんでした。
母の電話からの叫び声を聞きながら 電話が不通になりました。
なにもできず ただただ離れた土地で 考えることしかできませんでした。
どんなにこわかっただろう どんなに不安だっただろう
それも わたしの知る想像の中での世界です。
ほんとうの恐怖はわたしにはわかってません。
当時は 何も知らない自分が家族のもとに帰るのが申し訳なく思えました。
こんな思いをするならば 一緒に震災を経験したかったと・・・。
その時は母言いました。
「あんたたちに 怖い思いをさせずにすんで よかった」
そう言ってくれました。
東日本大震災
明日は お亡くなりになられた尊い命をおもいながら過ごしたいと思います。
そして この歌をおくります。
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「アンパンマンのマーチ」
作詞:やなせたかし
そうだ うれしいんだ 生きるよろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために生まれて なにをして生きるのか
答えられないなんて そんなのはいやだ!
今を生きることで 熱いこころ燃える
だから 君は行くんだ ほほえんで
そうだ うれしいんだ 生きるよろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン やさしい君は
いけ! みんなの夢 守るため
なにが君のしあわわからないまま終わる そんなのはいやだ!
忘れないで夢を こぼさないで涙
だから 君は飛ぶんだ どこまでも
そうだ 恐れないで みんなのために
愛と勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン やさしい君は
いけ! みんなの夢 守るため
時は はやく過ぎる 光る星は消える
だから 君は行くんだ ほほえんで
そうだ うれしいんだ 生きるよろこび
たとえ どんな敵が相手でも
ああ アンパンマン やさしい君は
いけ! みんなの夢 守るため
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お亡くなりになられた方
いろんな思いをもち過ごされている方
その方たちの前で
わたしたちは 今を生きることをおろそかにしてはいけないと思います。
お風呂に入り いつも神様や天使に問いかけます。
今夜のわたしの問いに しばらくたってから
この歌のフレーズが流れてきたのです。
これは 天からのメッセージなんですね。